京都地方裁判所 昭和29年(行)12号 判決 1956年5月23日
原告 馬場高一
被告 中京税務署長
主文
被告が原告に対してなした昭和二十八年分贈与税額金十六万六千三百九十円、無申告加算税額金一万六千六百円とする決定は之を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、被告が原告に対してなした昭和二十八年分贈与税額金十六万六千三百九十円、無申告加算税額金一万六千六百円とする決定の無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、被告は昭和二十九年三月二十六日に原告に対し、原告が昭和二十八年中にその父である訴外馬場伊造から別紙目録記載の不動産(以下単に本件不動産と略称する)の贈与を受けたものと認定して、その価格を六十七万千三百円と評価して、税額金十六万六千三百九十円、無申告加算税金一万六千六百円とする昭和二十八年分贈与税決定を通知した。併しながら、本件不動産は、原告が同年三月三十一日訴外市田彌枝から代金三十五万円で直接買受けたものであつて、原告の父である訴外馬場伊造が買受けてこれを原告に贈与したものではない。而して右買受代金は、原告が訴外伊造の勤務先である訴外国際物産株式会社から、訴外伊造と連帯して借用して支払つたものである。
被告が前記のとおり決定したのは、おそらく右の事実によるものであろうと思われるのであるが、これは同会社ではその社員以外には金を貸さないことになつているので、訴外伊造との連帯としただけであつて、同訴外人が買主であるがためではない。従つて申立人には贈与税を納める義務が存在しないのである。
そこで原告は之に対し、昭和二十九年四月十二日被告に対し再調査の請求をしたところ、被告は、同年七月十六日に前記決定税額徴収のために本件不動産のうち家屋の差押をなし、次で同年九月十二日に原告に右再調査の請求を棄却する決定及び本件家屋の公売期日を同月二十九日午前十時と指定した旨を通知した。よつて原告は同月十七日訴外大阪国税局長に対し、審査の請求をなした。しかし乍らこれに対する決定をまつていては他に資力のない原告としては公売を阻止することができず、従つて指定通りに公売せられると償うことのできない損害を被るのでやむを得ず本訴に及んだものであると述べた。(立証省略)
被告訴訟並びに指定代理人は、本案前の答弁として、原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、其の理由として、原告は審査の請求を経ずして本訴を提起したのであるが、相続税法第四十七条第一項但書の趣旨とするところは、審査の決定を経ることにより賦課処分に属する事項によつて著しい損害の生ずる虞れあるときと解すべきであつて、賦課処分と別個独立の行政処分たる滞納処分によつて著しい損害の生ずる虞れがあつても、相続税法第四十七条第一項但書の要件を充足しないし本件滞納処分による損害は金銭を以て償い得るものであるから、いずれにしても原告の本訴の提起は不適法であると述べ、本案につき、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として被告が昭和二十九年三月二十六日に原告に対し、原告が昭和二十八年中にその父である訴外馬場伊造から本件不動産の贈与を受けたものと認定して、その価格を六十七万千三百円と評価して、税額金十六万六千三百九十円、無申告加算税金一万六千六百円とする昭和二十八年分贈与税決定を通知したこと、原告が昭和二十九年四月十二日被告に対して再調査の請求をしたところ、被告は同年七月十六日に前記税額徴収のために本件不動産のうち家屋の差押をなし、次で同年九月十二日に原告に右再調査の請求を棄却する決定及び本件家屋の公売期日を同月二十九日午前十時と指定した旨通知したこと、原告が同月十七日訴外大阪国税局長に対して審査の請求をしたことは争わないが、其の余の事実は否認する。原告は昭和二十八年三月三十一日訴外市田彌枝から本件不動産を買受けたこととして、同年四月四日原告を取得名義人として登記しているが、被告は、
(一) 本件不動産は原告の実父である訴外馬場伊造が、訴外市田彌枝から昭和八年十月以降、当時勤務していた訴外市田合名会社の社宅として借受け、引続き賃借していたものであり、その故にこそ金二十五万円という低額で譲渡を受けたものである事実。
(二) 原告の家計は訴外伊造が中心となつて維持しており、且つ原告には独力で本件不動産を買受ける資力がなかつた事実。
(三) 本件不動産の購入資金は、訴外伊造が訴外国際物産株式会社済友会より金三十五万円を借受けた事実。
等を綜合して、右売買契約並びに登記は単に形式上原告を買受名義人としてなされたものに過ぎず、実質的には訴外伊造が訴外市田彌枝から買受け、これを原告に贈与したものであると認定して本件賦課処分をなしたものであると述べた。(立証省略)
理由
先ず被告の本案前の答弁につき考えるに、原告の本訴請求は被告が原告に対してなした本件相続税賦課処分の無効確認を求めるものであつて、凡そ行政処分の無効確認を求める訴は、行政処分の取消変更を求める訴と異なり、再調査請求、審査請求等の訴願手続を経ることを要しないものと解すべきであるから、其の余の判断をなすまでもなく被告の本案前の抗弁は理由がなく、本訴は適法になされたものといわねばならない。
そこで進んで本案について考える。
被告が昭和二十九年三月二十六日に原告に対し、原告が昭和二十八年中に、その父である訴外馬場伊造から本件不動産の贈与を受けたものと認定して、その価格を六十七万千三百円と評価して税額金十六万六千三百九十円無申告加算税金一万六千六百円とする昭和二十八年分贈与税決定を通知したこと、及び形式的には原告が昭和二十八年三月三十一日訴外市田彌枝から本件不動産を買受けたことになつていることは当事者間に争いがない。
そこで、本件の争点である実質的には訴外馬場伊造が本件不動産を訴外市田彌枝から買受け、これを原告に贈与したものであるか、或は実質的にも原告が本件不動産を直接訴外彌枝から買受けたものであるかの点について判断する。
成立に争のない甲第一、第二号証、乙第四号証、証人小西泰太郎、同島村巖、同馬場伊造、同石塚陸、同市田巖次郎の各証言並びに原告本人訊問の結果を綜合すれば、本件不動産は訴外市田彌枝の所有であつたところ、同訴外人が売却することとなり、先づ訴外国際物産株式会社に社宅として買取つて貰うべく交渉したところ同訴外会社は之を拒絶し、その社員にして、本件不動産に永年居住している原告の実父訴外馬場伊造に買取方の斡施をしたのであるが、同訴外人は当時(昭和二十五年頃より)肺浸潤を患い病体であつたことと、収入に余裕がなかつたこと等の理由でそれを拒絶したこと、同訴外人が右の話をその長男たる原告に告げたところ、原告は月賦なら買いたい旨を述べたので、訴外伊造がその勤務先の訴外国際物産株式会社の融資組合たる済友会に、原告に対する融資方を申し入れたところ、済友会から承諾があつたので、結局、原告が代金三十五万円で本件不動産を買受けることとなつたこと、右売買代金は、原告が右済友会より金三十五万円を借受けて支払つたのであるが、済友会の会則によれば会員以外のものには貸付けないことになつているので、形式上会員である訴外伊造と連帯して借受けたに過ぎないこと、原告は済友会に対し第一回目は金二万円、其の後は毎月四千円及び年五分の割合による利息を返済しているのであるが、現実には便宜上、訴外伊造が、その給料日に、原告のため済友会に立替えて支払い、原告は毎月二十五日に訴外伊造に之を支払つて来たこと、及び、訴外伊造は昭和三十一年一月二十九日に死亡したので、其の後は原告がその近所に居住する訴外国際物産株式会社社員の訴外小西泰太郎方へ之を持参支払つていることがいずれも認められ、右認定の事実関係からすれば、実質的にも原告が訴外市田彌枝から直接本件不動産を買受けたものであることが認められる。
そこで被告が、本件不動産は訴外馬場伊造が買受けて之を原告に贈与したものと認定したことの理由として掲げている(一)乃至(三)の主張について検討してみよう。
(一) 被告は本件不動産は原告の実父である訴外馬場伊造が訴外市田彌枝から昭和八年十月以降当時勤務していた訴外市田合名会社の社宅として借受け、引続き賃借していたものであり、その故にこそ金二十五万円という低額で譲渡を受けたものであると主張するけれども、仮に此の点について被告の主張するとおりであるとしても成立に争のない乙第二号証、証人馬場伊造の証言によれば、原告は訴外馬場伊造の長男であつて訴外伊造と原告とは共に本件不動産に居住して来たものであることが認められるから、右被告主張のような事情は、訴外彌枝が訴外馬場伊造に対して本件不動産を売却する場合の動機となるに止まらず、訴外伊造ではなく原告が本件不動産を買受けるとしても、同様にその動機となり得るものであるから、右被告主張の如き事情のみを以て、直ちに本件不動産は訴外伊造が買受けたことの証左となすことはできない。
(二) 被告は原告には独力で本件不動産を買受ける資力がなかつたと主張するにつき考えるに、凡そ資力の有無は相対的なものであつて、収入が多くても、扶養家族の多い場合又は一時に多額の支払をなす場合等は資力のない場合があり、之に反し収入は比較的少くても、扶養家族がない場合又は少額宛の割賦支払が許される場合には資力のある場合があることは勿論である。
而して証人馬場伊造、同服部文太郎の各証言並びに原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告は昭和二十五年四月より訴外日本電気工業株式会社に勤務し、本件不動産買受当時は月収手取り金一万円程度であつたこと及び原告は実父の訴外馬場伊造と同居し、月々金三千円を生計費に入れて来たことが認められる。
従つて原告は本件売買代金三十五万円を一時に支払い得る資力はなかつたであろうが、既に認定したように之を済友会より借受けて支払い、毎月四千円及び年五分の割合による利息を済友会に返済して行く程度の資力はあつたものと認めざるを得ない。また証人馬場伊造の証言並びに原告本人訊問の結果によれば、原告は本件不動産買受の話があつたとき訴外伊造に対し月賦でなら買い度い旨述べたこと及び原告の収入は其の後遂次増加し現在は月二万円以上であることが認められるから、原告は自己の現在及び将来の収入を勘案して本件不動産を買受けることとしたことが推認せられる。
よつてこの点についての被告の主張も採用することはできない。
(三) 更に被告は本件不動産の購入資金は訴外伊造が訴外済友会より借受けたものであると主張するけれども、既に認定したように本件不動産の購入資金は原告が訴外済友会より借り受けたものであることが認められる。
もつとも証人小西泰太郎、同千葉鎮雄の各証言により真正に成立したものと認める乙第一号証によれば、国際物産株式会社財務課長訴外小西泰次郎は大蔵事務官訴外千葉鎮雄の質問に対し、「済友会の貸付は会員以外には貸さないのであるから、訴外馬場伊造氏に貸したものである」と供述したことが認められ、更に前記乙第四号証及び成立に争のない乙第六号証の一、二、同第七号証の一乃至五によれば、本件借入金に関して、済友会に提出された借入請求書及び済友会の帳簿の口座が訴外馬場伊造名義になつていることが認められるけれども、証人小西泰太郎、同島村巖、同石塚陸、同馬場伊造の各証言を綜合すれば、済友会の会則では、会員以外のものには貸付けないことになつているのであるが、原告が買受けた本件不動産は、済友会の会員である訴外馬場伊造及びその長男原告が永年居住する家屋であるので特にこれを買い易くさせようと特別に便宜を計つて例外的に会員でない原告に貸付けたものであり、従つてまた、その借入請求書も済友会の帳簿の口座も形式上会員である訴外伊造名義にしたことが認められるので、前記乙第一号証の前記供述記載部分は信用することができずまた乙第四号証が訴外伊造の単独名義であること、乙第六号証の一、二、同第七号証の一乃至五が訴外伊造名義であることを以て右借受金が訴外伊造の借り受けたものであることの証左とすることはできない。
而して被告の以上(一)乃至(三)の主張を綜合して考えても、既に認定したように本件不動産が実質的にも訴外市田彌枝から直接原告に売却せられた事実を覆えすには足らない。
次に原告の居住する住居の門並びに標札の写真であることに争いのない検乙第一乃至第三号証によれば、原告の居住する住居の門には訴外馬場伊造の標札が掲げてあることが認められるけれども、本来家屋の標札は常に必ずしもその所有権の変動を表現するものではなく、むしろ単に世帯主の氏名を表示するに過ぎないのを常とするのであるから、右の事実は、訴外馬場伊造が訴外市田彌枝から本件不動産を買受けて原告に贈与したものであることを認めさせる資料とはならない。
而して他に本件不動産が訴外市田彌枝から直接原告に売却せられたことを覆すに足る証拠はない。
従つて被告が原告に対してなした本件贈与税賦課処分は、原告の不動産入手経路についての認定を誤り、相続税法にいわゆる贈与により財産を取得したものに該当しないものに対して、贈与税並びに無申告加算税を賦課したものであつて、重大なる瑕疵あるものというべきである。
しかし乍ら、叙上説示した如く本件においては、訴外馬場伊造が訴外市田彌枝から本件不動産を買い受け、之を原告に贈与したのではないかと疑わしめるような若干の事情が介在していることが認められるのであつて、右の瑕疵は外観上明白であるということができないから、本件賦課処分は当然無効のものではなく、単に取消し得るにとどまるものと解する。
従つて本件賦課処分が無効であることの確認を求める原告の請求は理由がない。
併し作ら、行政処分の無効確認の請求には、もしその処分が当然無効でない場合には、その取消を求める請求をも当然に包含していると認むべきである。
そこで本訴が本件賦課処分の取消を求める訴として適法なものであるか否かについて考えるに、本件賦課処分が昭和二十九年三月二十六日原告に通知されたこと、原告が昭和二十九年四月十二日被告に対し再調査の請求をしたこと、被告が同年七月十六日右税額徴収のため本件不動産のうち家屋の差押をなし、次で同年九月十二日に原告に右再調査の請求を棄却する決定及び本件家屋の公売期日を同月二十九日午前十時と指定した旨通知したこと、原告が同月十七日訴外大阪国税局長に対して審査の請求をしたことは当事者間に争いがない。
而して本件記録並びに弁論の全趣旨によれば、本訴はまだ右審査請求に対し、審査の決定がなく、しかも右請求の日から三ケ月を経過していないのに提起されたことが認められる。
しかし作ら、相続税法第四十七条第一項但書によれば、審査の請求を経ることにより著しい損害を生ずる虞のあるときその他正当な事由があるときは、審査の決定を経ないで訴を提起することができるものであるところ、既に認定したように、原告はその家族とともに現に本件建物に居住していること、及び被告が本件建物の公売期日を昭和二十九年九月二十九日午前十時と指定したことが認められ、かつ相続税法第四十五条第二項によつて準用される同法第三十二条第六項によれば、審査の請求をしても、税務署長は原則として税金の徴収を猶予しないこととなつているのであるから、特別な事情のない本件においては、原告が審査の決定を待つている間に本件建物は公売に付されてしまうこととなり、その結果として、申立人及びその家族が住むべき家を失い、経済的並びに精神的に著しい損害を被るに至る虞れがあるものといわなければならない。のみならず、成立に争のない甲第三号証の一、二によれば、審査の決定には相当な日子を要することがあることが推測されるのであるから、かかる事情は前記相続税法第四十七条第一項但書にいわゆる審査の決定を経ずに直ちに訴を提起するについて正当な事由がある場合に該当するものと認められる。
被告は、相続税法第四十七条第一項但書の趣旨とするところは審査の決定を経ることにより、賦課処分に属する事項によつて著しい損害の生ずる虞れあるときと解すべきであつて、別個独立の行政処分たる滞納処分によつて著しい損害が生ずる虞れがあつても、相続税法第四十七条第一項但書の要件を充足しないと主張するけれども法文にはかかる制限は存しないのみならず、かように解すべき理由もない。何となれば滞納処分が賦課処分と別個独立の行政処分であることは被告主張のとおりであり、仮に賦課処分が違法であつても、未だ取消されずに存続する以上、滞納処分は、それ自体に瑕疵がない限り何等違法なものではないことは勿論であるが、反面において賦課処分が違法として取消されたならば、滞納処分も違法な取消し得べき処分となるのであるから、両者は結局原因結果の関係にあるものというべく、賦課処分についての審査の決定を経ることにより、其の間に滞納処分の執行がなされて著しい損害を被る虞れがあるときは、結局賦課処分についての審査の決定を経ることにより著るしい損害を被る虞れがあるのであつて、右のような場合を特に除外すべき理由がないからである。
更に被告は、本件滞納処分による損害は、金銭を以て償い得るものであるから原告の本訴の提起は不適法であると主張するけれども、相続税法第四十七条第一項但書は「著しい損害を生ずる虞れのあるとき」と規定し、必ずしも償うべからざる損害を生ずる虞れのあることを要しないのであるから、この点に関する被告の主張も理由がない。
よつて原告の本訴の提起は適法になされたものと認むべきであり、本件贈与税賦課処分が違法であつて取消すべきものであることは既に認定したとおりであるから、之が取消を求める原告の請求は正当として認容すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 青木英五郎 石崎甚八 佐古田英郎)
(目録省略)